
行政手続きのオンライン化に頭を悩ませるのは、地方都市だけでなく、東京23区でも同じです。今回ご紹介する葛飾区も、デジタル化に苦慮する行政の一つでした。区独自でデジタル推進担当課を設置するも、実際にオンライン化できた手続きは全体の1割ほど(令和4年当時)。業務や手続きの抜本的な見直しから必要であると認識し、外部の力も借りたBPR(業務プロセスの再構築)に取り組むことを決めました。
インタビューでは、今回チェンジがご支援した、葛飾区の地域教育課でのBPRについてお話しいただきました。児童、保護者、学校関係者、地域住民が関わる「放課後子ども事業」で、単にシステムを導入するだけではなく、関係者全員が納得出来るオンライン申請の導入・推進の軌跡を、ぜひご覧ください。
上原氏
DX推進課では、行政業務のデジタル化を推進しています。例えば、「キャッシュレス決済の推進」や「生成AI・ドローンなどの新たな技術の活用に向けた研究」などは私たちの取り組みの一部です。手続きのオンライン化はもちろんのこと、幅広くデジタルツールを使った区民サービスの向上、業務効率化の施策を検討しています。
大井氏
地域教育課では、放課後子ども事業として「わくわくチャレンジ広場(わくチャレ)」を実施しています。わくチャレは、放課後などに子どもたちが学校施設内で自由に遊び、学べる場として、安全に過ごせる居場所を提供する活動です。学童との違いは、対象学年でしたら誰でも利用できるという点で、入会に保護者の就労要件がありません。児童の自主性や社会性を育むことを目的に、地域の有償ボランティアの方々のサポートを得ながら、区が主体となって取り組んでいます。
上原氏
葛飾区では庁内手続きのオンライン化を進めていますが、令和4年度時点で全庁手続きのうち、オンライン化が実現できていたのは、1割ほどでした。その要因として、業務の見直しが充分に行えていなかったことや、情報システム部門の職員にノウハウやスキルが不足していたことが挙げられると考えています。
本件の取り組みを始める前に、東京都から令和3年度の「区市町村向けデジタル化支援事業」の参加募集がありました。ちょうど健康部で実施していた「ゆりかご面談」でも妊婦さんからオンライン予約導入の要望もあり、この都の支援制度において民間事業者を活用し、BPRに取り組むことを決めたのです。
この令和3年度のBPRの経験を経て、令和4年度以降も、民間事業者を活用して庁内手続きのBPRを推進したいと考え、予算を取り、令和5年度・令和6年度の2年間にわたるデジタル推進支援プロジェクトの実施に至りました。
上原氏
プロポーザル方式でチェンジさんを選んだ理由は、BPRのスキルや対人コミュニケーション力があり、複数の改善パターンを提案できることに期待していたからです。実際に、事業者のやりたいことを一方的に押し付けるのではなく、行政現場の負担感を考慮し、複数の改善手法を示してくれたおかげで、関係者全員が納得して進めることができました。
令和3年度の東京都事業でも、サポートが丁寧で、DX部門や所管課のみでは気が付かない第三者目線のアドバイスをくださっていたので、新しいプロジェクトもチェンジさんが各課をリードし、効率的なBPRの実現を支援してくれると感じていたと当時の担当者からも聞いています。
大井氏
手を挙げたのは、わくチャレの課題解決のためです。わくチャレは、区の小学校49校(令和6年度時点)で実施されており、申請件数が1万件を超えます。その申請方法は用紙の提出のみでした。
紙での申請には大きく2つの問題があります。1つ目は用紙の配布と回収が小学校の教員の負担となること、2つ目は個人情報管理の問題です。特に個人情報の取り扱いについては、保護者から心配の声が強く寄せられました。紙での申請は保護者からお子さん、お子さんから教員、教員から私たちへと、複数の人を介すため紛失のリスクが高まります。紛失した場合も、どこでなくなったのか突き止めることは困難です。
その点、オンライン申請であれば、保護者が入力したものがダイレクトに我々に届き、履歴も残るので安心です。そういった直接的な情報連携の仕組みにできないものかと思い、今回手を挙げることにしました。とはいえ、最初はそこまで意気込みが強かったわけではなく、手を挙げてみたら採用されたといった気軽な感じでした(笑)
上原氏
DX推進課として、この取り組みの目的は「業務プロセスの見直し」です。単にシステムを導入したいというだけでは、BPR(業務プロセスの再構築)の趣旨とずれてしまいます。候補の所管課に一案件ずつお話を聞く中で、地域教育課の実現したいことがDX推進課としての目的と合致していると判断しました。
大森氏
関わったのは取り組み全体です。地域教育課の詳しい業務は私たちも初めて聞くことが多いので、チェンジさんにリードしてもらいながらヒアリングをしました。その中で、既に導入しているツールで使えそうなものを一緒に考えたり、他の課と関係する事項を調べたりすることが、DX推進課の主なサポート内容です。はじめから全てに関わらせていただいたことで、BPRの手法を間近で学ぶ機会にもなりました。
大井氏
最初に行ったワークショップですね。参加は任意だったにも関わらず、放課後子ども事業係の職員のほとんどが参加してくれました。それぞれの職員が、業務で感じた課題を付箋に書き出して貼っていく作業を通じて、課題意識の共有ができたことは大きな成果だったと感じています。
なかでも、チェンジさんからの指摘は印象的でした。職員同士では「この業務ってこういうものだよね、当たり前だよね」と素通りしてしまうようなポイントをしっかり掴まえて、「ここはどうなんですかね?本当に必要なプロセスなんでしょうか」と斬り込んでくれるのです。
日々の業務が当たり前になってしまっていて、現状の課題に気が付かなくなってしまうことが多々あると思います。そこに第三者からの視点が入ったことで、「変えよう!」という意識が全員に芽生えた、そんな時間でした。
上原氏
そうですね、私もワークショップは印象に残っています。普段の業務をしている中で、内部の誰かが発起し、一つのことのために複数人で話し合う時間をとること自体、なかなか難しいことです。ワークショップをきっかけに、話し合いの場を作る大切さを改めて確認できました。チェンジさんで付箋や書き込み用資料のような細かい事前準備も対応してくれていたことも、とても有難かったです。些細なことではありますが、通常業務の合間では、意外と負担になることなので。
大井氏
思い返すと、ワークショップのほかにも、見落としがちなポイントを度々指摘してもらったことが印象的でした。例えば、「ツール導入の前に、事前に地域の方に話を通しておきましょう」と、スケジューリングしていただいたことも一例です。わくチャレは全国的にも珍しい、地域のボランティアが主体となって運営する事業形態なので、オンライン化には地域のみなさんのご理解が必要になります。本来なら関係者の調整も重要なことの一つなのですが、目の前にある明確な課題(ツールを上手く使うこと)に意識が向いてしまい、より入念に準備しておくべき部分をつい見落としてしまっていました。
そのようなところをチェンジさんは全体を見て必要な課題を適宜拾い上げ、誰といつ、どう話をしていけばよいかまで一緒に考えてくださったのです。関係者も多く、難しい調整も計画的に対応しきれたのは、チェンジさんのおかげだと思います。もし事前説明の機会を飛ばして「オンライン申請のフォームを作ったので、これでやりましょう」と、案を突然持って行ったら、きっとご理解いただけなかったでしょう。実際に、試験運用を行うまでが大きな山でした。ボランティアの方々は、今までの運用と変わるオンライン化に不安を覚えていたからです。しかし、行政としての目的や、ボランティアのみなさんから見たメリットと注意点を丁寧に説明することで、ご納得いただき進めることができました。
大森氏
わくチャレの中で、スケジュールに合う2校を選び、オンライン申請の試験運用を行いました。実証を通じて得られた利用者の声をもとにフォームなどを修正し、全校での実施に広げようという狙いです。
長田氏
私は、実証対象校の担当者として、オンライン化実現への手応えを感じました。これまでの紙申請では、「保護者の方が申請書を学校に提出し、区の職員が学校に申請書を取りに行って受理される」という流れを経なければなりません。記載に間違いがあれば、同じ経路で保護者に紙を戻して、また学校に提出し……と、かなりの手間と時間が必要でした。一方、オンライン申請であれば、申請後すぐに利用できますし、学校側は申請書を保管しておく手間がなく、私たちも学校に取りに行く業務負担を軽減できます。
実際、「今日からわくチャレに参加させたい」という保護者の方が教室に来て、その場でQRコードを読み込んで申請したケースがありました。お子さんはその日からわくチャレを利用することができ、オンラインの強みが現場で活きた事例として印象的でしたね。試験運用は一部の学年だけでしたが、アンケート結果も良好で、オンライン申請が利用者の利便性向上と業務負担軽減に繋がると確信を持つ機会となりました。
上原氏
地域教育課のみなさんが主体性をもって積極的に動かれていたことが、実装という結果に繋がっていると思います。毎週の定例ミーティングで聞けばいいと考えがちな質問も、都度課題管理ツールで連絡するなど、みなさんが非常に前向きに取り組まれていました。その背景には、チェンジさんがスピード感を持って質問や要望に応えてくれたこともあったと思います。こちらから出した提案をすぐに試し、問題点を抽出し、改善案をくれる。このPDCAのサイクルがとても速く回っていて、全体的に円滑に進行していました。
大井氏
わくチャレの職員がみな同じ業務を行っているからでしょうか。学校は違えども、1人3~4校を担当して同じ業務に携わっているので、悩みや課題感は共通しているのだと思います。普段からわくチャレの担当者同士は和気あいあいとした雰囲気で、「今日こんなことがあったんだよ」と業務での出来事を共有することも少なくありません。そうした和やかで発言しやすい雰囲気が、取り組みやすい空気感に繋がったのだと思います。
小原氏
職員みなさんが、教員や保護者の負担軽減、個人情報のリスク軽減に取り組みたいと以前から思っていたので、今回の実証をきっかけに真剣に考えて取り組んでくれたのだとも思います。
小原氏
そうですね、今回は申請手続きのBPRが主でしたが、地域教育課がわくチャレ事業でさらにDXを活用し、他の所管課での取り組みにも応用できるよう、より多くの成功事例を作っていければと思います。
長田氏
試験運用を通じて、ヒューマンエラーといった面でもデジタル化の恩恵はあると感じられました。オンライン申請によってそうしたことも防止できますし、利便性は確かに向上するので、自信をもって進めていきたいと思います。次の全校実装というフェーズでは、新たな課題も出てくるでしょう。そうしたときにもスムーズに対応できるように、しっかり準備しておきたいと思います。
奥山氏
私はまだ経験が浅いということもあって、DX推進課のみなさんに助けていただきながらここまでやってこられました。試行錯誤するなかで、フォームの作成方法など学んだことがたくさんあります。次は私が地域教育課に異動してくる方に教えてあげて、より良いオンライン申請に進化させていきたいと思います。
大井氏
葛飾の良さを残したまま、放課後子ども事業をより良くするためには、どのような運営が一番いい方法なのか考えなければと思っています。わくチャレは地域の方々によって支えられている事業です。しかし、高齢化や人手不足によって運営が立ち行かなくなるところも出てきました。「子どもたちの居場所を守るために、地域の人たちが繋がることのできる場がある」という葛飾の良さを維持したままデジタル化を進めようと思うと、制度上の壁も立ちはだかります。そうした問題を一つひとつクリアにし、子どもたちを中心としたすべてのステークホルダーが納得できる、一番良い姿を模索していきたいですね。
上原氏
地域教育課のみなさんの積極性に引っ張られて、私も実現方法のアイデアが湧いてくるなど、とても良いかたちで進められたと感じています。BPRの取り組みに2年間携わってきたなかで、今回の地域教育課の取り組みは非常に勉強になりました。特に最初のワークショップが非常に重要だと感じています。最初にみんなで意見を共有し、同じボールを一緒にもってスタートすることで、やるべきことがはっきりしたと思いました。今後全庁でこうしたBPRを推進することになった際には、この知見を基に取り組んでいきたいです。
大森氏
BPRによって作業工数が削減できることは、地域教育課の事業でも実証できました。職員数に対して業務作業量が伴っていないのは全庁的な課題なので、DX推進課が先頭に立って引き続き各部署のBPRを推進し、業務を根本から改善していきたいと思います。